サイバックスUniv.
無料体験版 お申込み

お役立ちコラム

コンプライアンス違反と役員責任|役員としてのコンプライアンス遵守への向き合い方

2024年03月07日


資料請求

1.コンプライアンスとは

昨年、コンプライアンス違反の事例3選|違反してしまった場合の正しい対応方というテーマで、昨今のコンプライアンス違反が問題となった事例を取り上げた上で、コンプライアンス遵守のためには体制整備と研修実施を車輪の両軸とすることが必要であるとご説明をさせていただきました。
しかしながら、企業による不祥事や不正行為は各業界で発生をしており、大手中古車販売店における不適切な保険金請求が問題になったケースは、記憶に新しいものと存じます。

 

十分なコンプライアンス体制の構築を実現することは、容易なことではありませんが、コンプライアンス違反の事例では、会社のみならず、取締役個人に責任追及が行われることもあり、事案によっては高額な損害賠償義務を負うこともあります。
そこで、今回は、コンプライアンス違反における取締役の役員責任に焦点を当て、企業(取締役)としてコンプライアンス遵守にどのように向き合うべきかを、ご説明をさせていただきます。

2.昨今のコンプライアンス違反事例(役員責任)

 

(1)労務管理体制構築義務違反の事例

 

従業員の過労死・過労自殺の事案では、その原因が長時間労働や上司によるハラスメント行為にある場合には、企業に安全配慮義務(労働契約法5条)違反の損害賠償責任が認められます。
安全配慮義務そのものは企業の負う義務ですが、取締役は、会社に対する善管注意義務として、会社が使用者としての安全配慮義務に反して労働者の生命、健康等を損なう事態を招くことのないよう注意する義務を負うと解されていますので、取締役個人が任務懈怠に基づく損害賠償責任(会社法429条1項)を負うこともあります。

 

ある裁判例では、飲食店で調理業務に従事をしていた労働者が、入社後約4ヶ月で急性心不全により死亡した事案において、裁判所は、当該労働者の現実の労働状況を認識することが十分に容易な立場にあった取締役には、「労働者の極めて重大な法益である生命・健康を損なうことがないような体制を構築し、長時間勤務による過重労働を抑制する措置を採る義務」(労務管理体制構築義務)があることは明らかであるとして、取締役個人の損害賠償責任を認めています(大阪高判平成23年5月25日労判1033号24頁)。

 

従業員の過労死・過労自殺の場合、損害賠償額は高額になることが少なくはありません。
ただ、これは、人の生命身体に関わるものであることからすれば当然のことです。
取締役個人が金銭負担を負う可能性もあるから労務管理体制構築義務を十分に果たすように注意をするというのは適切な考え方ではありません。
取締役には、企業の体制構築をするための権限が与えられているのであり、取締役個人の権限行使の如何によって労働者の生命身体を守ることも、逆に危険にさらしてしまうこともできてしまうということを、正しく理解することが肝要です。

 

(2)違法な管理監督者扱い事例

 

最近は、残業代未払いの法的リスクが認知されるに至っていること、残業代未払いに対する社会的批判が高まっていることなどから、完全な残業代未払の企業は減ってきているように思います。
とはいえ、企業にとって人件費抑制は常に頭を悩ませる問題であり、法的に許容される範囲内で残業代の支払いを回避する制度を導入しようとすることは、もちろん禁止されるようなものではありません。
しかしながら、正しい法的整理に基づいた検討をしないままに漫然とした対応をしてしまうと、それが企業、ひいては役員責任につながる可能性があります。

 

ある裁判例では、居宅介護支援事業等を行う会社で管理監督者扱いをされていたケアマネージャーが、元代表取締役に対して会社法429条1項に基づき未払残業代相当額の損害賠償請求を行った事案では、裁判所は、残業代支払いを免れるために管理監督者制度を利用したものであり、「重大な過失」があるとして元代表取締役の損害賠償責任を認めています(名古屋高裁金沢支判令5年2月22日労判1294号39頁)。
この事例では、元代表取締役は、社労士から管理監督者とすると残業代を支払う必要はないとの説明を受けたことを踏まえ、「管理監督者とはどのような立場のものか、控訴人の業務が本件会社の管理監督者にふさわしいかについて社会保険労務士に相談することなく、残業代の支払義務を免れるために管理監督者という制度を利用した」点に、役員としての「重大な過失」があると判断しています。

 

労働基準法において、管理監督者に関しては、法定時間外労働及び法定休日労働の割増賃金を支払う必要がないと規定されています(労働基準法41条2号)が、管理監督者性は、①職務内容、権限、責任から経営者との一体性が認められること、②勤怠の自由が認められること、③管理監督者にふさわしい待遇であること、の3点から判断され、極めて厳格な判断がなされます。
裁判例において管理監督者性が否定された例は数多く、最近の例では、課長級の管理職(年収約1000万円)でも管理監督者性が否定された例もあります(日産自動車事件(横浜地判平成31年3月26日))。

 

管理監督者の該当性は、個別具体的な事情を緻密に検討した上で判断をする必要があり、弁護士や社労士などの専門家でも判断に悩むことが少なくありませんので、企業が、漫然と管理監督者制度を利用することは極めて危険であり、残業代リスクを生じさせることになります。
また、上記裁判例の通り、企業のみならず、取締役の個人責任にもつながりますので、必ず専門家の意見を仰ぎ、各企業の実態に応じた判断をすることが必要です。

 

(3)安全にかかわる法令違反の事例

 

直近の報道によると、大阪地方裁判所は、東洋ゴム工業株式会社(現 TOYO TIRE)の連結完全子会社における不祥事(「免震ゴム」の性能検査データ改ざん)に関する株主代表訴訟において、出荷を停止すべき義務の懈怠及び必要な報告や公表を怠ったことで同社の信用が毀損されたことなどを理由に、役員に対して約1億5800万円の賠償を命じたとのことです(大阪地判令和6年1月26日)。
「免震ゴム」とは、建物に組み込んで地震による損傷を防ぐものであり、建築基準法において国土交通大臣の認定を受けたものであることが要求されていますが、本事案では、技術的根拠のない性能評価基準が用いられていたようです。

 

取締役に多額の損害賠償責任が認められた事例としては、食品販売会社において、食品衛生法により使用が認められていない添加物を使用した商品を販売したという法令違反工事が生じたケースにおいて、自ら積極的な公表をしないという方針を採用したことなどを理由に、取締役等の個人の損害賠償責任が認められた事例があります(大阪高判平成18年6月9日判タ1172号271頁)。
当該事案では、複数の取締役等の責任が肯定されていますが、最も損害賠償額が高額なものは約5億円です。

 

上記2事例は、「建物の安全」及び「食の安全」に関するものであり、安全性確保の措置の徹底が社会的に求められている事項であること、このような事項の安全性確保が果たされないことで企業の信頼に著しい損害が生じ得ることから、取締役等の個人責任が厳しく追及されたものと考えられます。

3.違反があった時の対応策

今回は、コンプライアンス違反における役員責任に焦点を当てました。取締役個人が損害賠償責任を負い得る範囲は広く、また、賠償額が高額になる事例もあることをご理解いただけたものと思います。
企業のコンプライアンス違反事例の場合、このような損害賠償責任(法的責任)のみならず、取締役の経営責任が問われることもあります。
これは、企業におけるコンプライアンス意識の向上、コンプライアンス遵守の企業風土形成の促進、各役員が法令遵守に留まらずより適切な業務執行を行うことへのインセンティブ、役員も責任を負うことで従業員の理解を図ること、同種事案の再発防止につき企業としての覚悟やメッセージを伝えることなどを目的に行われます。
例えば、東洋ゴム工業株式会社の件では、社長に関しては、社長在任中の期間の報酬の50%の役員報酬返還が行われています。

 

労務管理体制構築義務違反の事例でも触れた通り、取締役個人が責任(金銭負担)を負うから、そのような事態になることを避ける(リスク回避をしておく)というのは、企業や取締役等として適切な捉え方ではありません。
そうではなく、取締役の権限行使のいかんによっては、労働者個人の権利利益(生命、身体、財産)、社会の安全、企業の信用名誉に重大な危険を生じさせてしまう結果を招来しかねないということを、今一度捉え直し、適切な権限行使とは何か、取締役としてのあり方を見つめ直すことが肝要といえます。


資料請求

コラム執筆者

柴田 政樹

松田綜合法律事務所 弁護士(東京弁護士会)

労働訴訟(労働者たる地位の確認請求、残業代請求等)、労働審判手続き、団体交渉、企業の労務管理のアドバイス、就業規則の改定等、労働案件を多数担当。

 

執筆

  • 「合同労組からの団体交渉の申入れがあったら」(日本実業出版社・企業実務2016年1月号)
  • 「退職勧奨を契機として精神疾患等を主張されたら」【共著】(日本法令・ビジネスガイド2017年2月号)
  • 「副業容認で注意すべき企業の民事責任と対応策」【共著】(日本法令・ビジネスガイド2018年10月号)

講演実績
▼企業向け

  • 2017年2月 企業における労働時間リスク対応セミナー(東京)
  • 2018年5月 労働訴訟を踏まえた労務対策セミナー(神奈川)
  • 2018年12月 働き方改革対応セミナー(東京)
  • 2019年2月 労基署対応セミナー(千葉)
  • 2020年7月「ワークスタイル変革の推進!コロナ禍で広がるテレワーク本格導入の注意点と規程例」(東京)

▼社会福祉法人向け

  • 2022年1月 福祉現場におけるハラスメント対応の実務(東京)※東京都社会福祉協議会
  • 2022年8月 福祉現場におけるハラスメント対応の実務(北海道)※北海道救護施設協議会
  • 2023年1月 「法人と職員を守る!利用者・家族からのカスタマーハラスメントへの対応」(東京)※社会福祉法人練馬区社会福祉事業団
  • 2023年11月 「介護現場で想定されるトラブルと4つの対策ポイント~利用者・家族・職員のより良い関係構築のために~」 (東京)※株式会社クーリエ(みんなの介護アワード2023)

▼松田綜合法律事務所主催(人事労務セミナー2022)

  • 2022年1月 「改正公益通報者保護法を踏まえた内部通報制度見直しの実務」
  • 2022年4月 「法的リスクを踏まえた労働時間管理の実務」
  • 2022年9月 「フリーランス・業務委託活用の法的留意点と実務」

 

3,597社以上の
オンライン研修で使用されている
4,500コースの一部が
1ヶ月間無料で受け放題!

今すぐ資料請求・お問い合わせください!